ごあいさつ

風光明媚な温泉地、伊東に私は育ちました。小学生のころ、あまり勉強は好きではありませんでしたが、昼間は海で泳ぎ、夜は天体観測で星空を眺めて、自然の中で大いに遊んで育ちました。4月の中ごろから海で泳ぎ、学校から帰ると自宅から醤油の小瓶を持って、自宅前の海へ行き、たき火をしながら外が暗くなるまで帰らないような自然児でした。

伊東の南中学校を卒業し、立教高校、立教大学へと進み、卒業後は、家業の干物店で仕事をしましたが、道路拡幅のため工場を閉鎖したことをきっかけに、1991年、30歳で、日本交通公社へ転職しました。営業・添乗・企画・手配などの旅行業務を担当しながら国内外の観光地を見て歩きました。

元気のある観光地を訪れるたびに、休みのときに帰る伊東の商店街のシャッターがしまり、駐車場ばかりが多くなっているのを、寂しく感じていました。一昨年、縁あって曽祖父が設立に加わった伊東ガスの非常勤監査役となり、定期的に伊東へ帰るようになりました。ますますその思いは大きくなりました。そんなとき、市民の方々が観光業の不振を補うために、伊東バルを計画しているのをfacebookを通じ知りました。役所や観光協会が企画した観光イベントではなく、若者が直接、街興しを始めている姿に興味を持ちました。

バル当日は家内とともに伊東にきて、家内の母や姉とともに参加させていただきました。伊東にも、こんなに若者がいるんだと驚きながら、幾つもの店で入店待ちの人が並び、携帯電話で空席状況をチェックしている姿を見ていました。30代、40代の実行委員や、お客様との活気あるやり取りを見て感動しました。そしていつしか彼らと昔からの友人のように、時には酒を一緒に飲みながら伊東の将来を語り合ったのです。

その後間もなく、5月に行われる市長選挙が行われることを知りました。何人もの方から熱心に出馬するよう口説かれたのです。正直悩みました。裕福とは言いませんが安定したサラリーマンの生活、よく理解した業界での仕事、そして夫婦や家族で旅行をする生活を捨てることができるのか。

でも今は違います。微力ながら、私が先陣を切って伊東のために、伊東の未来のために行動を起こしていきます。私は伊東が好きです。伊東が、このまま、さびれていくのを見ていることはできません。伊東のみなさんと一緒になり伊東を少しでも明るく豊かな活力のある街にしたいのです。そして子供たちにこの素晴らしい伊東を素晴らしいまま引き継いでいけるように行動していきたいと思います。

私には最大手の旅行会社での経験があります。不振の組織を立て直した経験があります。伊東で干物をつくり販売し鮮魚仲買いとして汗をかきた経験があります。多くのお客様に伊東に来ていただくにはどうしたらいいのかを現状から考えていく力があります。そして一緒に考え行動してくれる若い仲間がいます。私は『伊東の未来への懸け橋』として一生懸命働きます。皆様の力強いご支援ご協力をお願いします。